すべては、“世の中からゴッホをなくす”ために。

『FOLLY』『WOW! epoch』堺谷円香さん(株式会社Artrigger)

すべては、“世の中からゴッホをなくす”ために。

 

——堺谷さんのこれまでの経歴を教えてください。

 

高校と大学は美術系の学校に通っていて、テクノロジーやITといったところとは関係のない世界にいました。その後、短大を卒業してからイタリアへ2年間留学をして、学校に通いながら個人事業でアパレルの卸の仕事もしていました。それが2013年、2014年のことです。その時はちょうど助成金みたいなものが流行った頃で、知り合いに勧められて応募してみようかなと思い、その時にやっていた事業について初めて事業計画書というものを書くことになったんです。でも、全然筆が走らなくて。なぜだろうと考えたら、その時にやっていた仕事は自分がやりたいことややるべきことではなかったからなんですね。それで、本当に自分がやりたいこと、やるべきことをやろうと思い、2015年に法人化へ。今年の4月から、“世の中からゴッホをなくす”という思いを軸に展開するArtriggerの事業を始めることがきました。

 

——“世の中からゴッホをなくす”という思いについて、教えてください。

 

ゴッホは生前評価されることなく亡くなられた方で、その後に本人の知らないところで作品が取引されるようになったことから、悲劇のアーティストとして知られています。そんな、ゴッホのような人生を歩む人をなくしたいという思いから、今のプロダクトを始めました。また、実際に私の学生時代の友人にはアーティストと呼ばれるような人たちが多くいるんですが、彼らが失望している場面に何度も立ち会ってきたんです。美術の世界は、芸能人やスポーツ選手と同じように需要よりも供給の方が多く、プロになれる人はほんの一握り。プロになれたとしても40代や50代になっても若手と言われる世界でもあります。そうなると、たった一度きりの人生が何だかもったいないなと。そこでArtriggerでは、誰もが一回はサイコロを振ることができる、機会の最大化を一つの目的として『FOLLY』や『WOW! epoch』といったサービスを運営しています。

 

——『FOLLY』や『WOW! epoch』とは、どのようなプロダクトなのでしょうか?

 

『FOLLY』とは美術系の学校法人向けに開発したサービスで、校務管理とポートフォリオが一体となったツールです。これは、基本的には美術系の学校法人が抱える三つの課題を解決するためのツールになっています。美術系の学校が抱える課題のうち一つ目は、アクセスするまでのハードルが高いこと。二つ目は、少子高齢化の時代で入学希望者が減っていること。三つ目は、物理的な問題になるのですが、授業などに使う紙の印刷代などにコストがかかっていること。『FOLLY』は、そんな美術系の学校法人が抱える三つの課題を解決することができると思っています。また、データベースがポートフォリオと連動しているので、学生は授業の課題や自分の作品を日常的にアップデートしていく習慣を身につけることができ、なおかつそのデータがもう一つのサービス『WOW! epoch』に反映されるという仕組みになっています。

 

——特に、どんな点に力を入れているのでしょう?

 

アートとは言いつつも、美大生の5分の1ほどしか絵画や彫刻を彫っている人間はいません。それ以外の人間は卒業後、就職が必要になってきます。建築を学んでいる人もいれば、空間デザインを学んでいる人もいる。プロダクトデザイナーや商業デザイナー、情報処理系の職業を目指す人もいれば、映像制作に携わる仕事を目指す人もいる。私が思うには今、エンジニアの次に需要がある人たちが意外に美大に隠れているんじゃないかと。そこに目をつけて、今月からは採用の機能に力を入れています。私自身、今の事業を行う上でエンジニアの採用にすごく苦労した経験があることから、そこで培ったノウハウをもとに機能を強化しました。美大生で就職を望んでいる人たちのことを、クリエイティブ人材と私は呼んでいるんですが、このクリエイティブ人材には、先ほども言ったようにさまざまな種類の人間がいて、それぞれが自分でポートフォリオを作るので、ポートフォリオの内容も仕様もさまざま。でも、雇用側が見たい情報はある程度定量化されてきていると思うんです。なので、きちんと雇用側が見たい情報だけにフォーカスした採用機能を目指しました。また、クリエイティブ人材の採用は突発的に行うものではなく、時間をかけて行うものだと思っていて、『FOLLY』を利用すれば、一人の学生を入学から卒業まで時系列で追うことができるので、「この学生は入学当初はいまいちだったけど、卒業する頃には見違えるように成長しているから期待できるね」といったこと評価をすることもできると考えています。また、作品の取引のやり取りをきちんと残すという点でブロックチェーンの技術を採用していて、一次流通から二次流通まで追跡できる仕組みになっているところも、一つの強みになっています。

 

——美大生にとって『FOLLY』は、ポートフォリオの管理が自動化でき、作品のやり取りの記録も残すことができるといったこと以外に、どんなメリットがありますか?

 

アーティストの一人として活動している彼らには、少なからず承認欲求があると思っていて、良くも悪くも自分の作品に対してフィードバックをもらえるのは、良いことなんじゃないかと思っています。なおかつ、定期的にフィードバックをもらって、それをきちんと可視化できる仕組みがあることで学生たちの制作意欲も高まるし、素晴らしい作品が生まれやすくなるんじゃないかと考えています。それから、私自身が高校、大学と美術系だったこともあって、一般教養だとかお金に関する知識に疎いと感じていて。『FOLLY』には、制作時間がこれくらいかかっているから、作品として販売する時にはこれくらいの値段で交渉ができますよ、という目安となる計算ができる入力項目もあります。

 

——そもそも堺谷さんが、アートという分野からテクノロジーやベンチャーという全く新しい世界に飛び込もうと思ったきっかけは、何だったのでしょう?

 

今のサービスに落とし込むまでに、実は2回くらいピボットを重ねてきました。その間、どの問題を解決したらいいのかとずっと模索していたんです。そうなった時に、ベンチャーという切り口でしかこの業界は変えられないんじゃないかと思ったんです。それまでは、オークションハウスやギャラリーに勤めてそこからできることをしていくということも考えてはいたんですが、そういう風にアートの世界を変えたいと思っている人たちは、実は世の中にたくさんいて。それなのにまだこの世界に根強く課題として残っているんだから、他の人と同じ方法を取っていては課題解決にはつながらないなと。それで、思い切ってこの分野にフルコミットしてきたという感じですね。もちろん、最初のうちは何もわからなくて手探り状態でした。今考えると、ここに至るまでに人には言えないくらいの費用がかかっているかもしれません。それでも幸い人には恵まれてきたので、たくさんのエンジニアさんやデザイナーさんに支えられながらここまで来ることができました。

 

——最近の進捗を教えてください。

 

今現在『FOLLY』と『WOW! epoch』はα版を提供できていて、学校法人を中心に実証実験をしている段階です。また、最近では信託銀行との実証実験もスタートしました。信託銀行では、ある一定のお客様に向けて美術品の鑑定や、著作物の管理といったサービスも行っているんです。そこで、私たちArtriggerの取り組みとは相性がいいのではということで、実証実験をさせてもらっているところです。

 

——今後、『FOLLY』と『WOW! epoch』は美大生だけでなく、一般のアーティストにも利用されていくことになるのでしょうか?

 

はい。今後は美大生だけでなく、一般アカウントも開設する予定になっているので、その時には学生ではないクリエイターやアーティストといった方たちにも使っていただけるようなサービスにしていくつもりです。『FOLLY』の構想を考え始めた当初も、実は一般アカウントを開設してBtoCのサービスをやろうとは思っていたんです。でも、それだと本来お金を取りたくないアーティストからお金を取らないといけないことになってしまうことになります。なので、マネタイズに関してはまずは学校法人やクリエイティブ人材が欲しい企業からの収益でまかなっていけたらと思っています。

 

——堺谷さんの今後のビジョンを教えてください。

 

2020年の東京オリンピックに向けて、アートの分野でもイベントや芸術祭といったものが各地で開催されて盛り上がっているかと思います。でも、それが一過性のもので終わってしまわないようにしないといけないなと、私たちは思うんです。なので、Artriggerが各地で行われているイベントなどとはまた一味違うかたちで、アーティストにとって持続可能なエコシステムを作る役割を担っていけたらと思っています。また、これは個人的なことではあるんですが、そもそもこのプロダクトを始めるきっかけの一つに、ロッサーナ・オルランディさんという方が経営するイタリアのミラノのギャラリーに感激を受けたという経験があります。そのギャラリーには、世界中からアーティストやデザイナーが自分の作品を持ち込んで、有名無名に関係なく彼女が良いと思ったら作品を置いてもらえるんですが、日々世界中からクライアントが来て必ず何か作品を買っていくと言われています。純粋に、そんなロッサーナ・オルランディさんのようになりたいと、イタリアに行った時に思ったんですね。でも、彼女と同じようなやり方では彼女には太刀打ちできない。それで、今のプロダクトを始めたんです。いつかは、彼女のようになりたいと思っています。

 

——最後に、PAAKについてお聞きします。堺谷さんにとってPAAKの良いところは、どんなところだと思いますか?

 

PAAKの良いところの一つは、会員になるための採用基準。世の中にはさまざまなアクセラレータープログラムがありますが、だいたい主催する企業や団体の都合によってプロダクトの分野が偏ってしまうことが多いかと思います。でも、PAAKには本当に多種多様のベンチャーがいます。そんなPAAKだから、アートという分野で事業を行う私たちも会員となることができたと思うので、ありがたかったですね。それに、みんなやっていることが違うので競合することもあまりなく、何でも気軽に相談できるのも良いところだと思います。

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