医師と医師をつないで、もっと多くの命を救える社会を作りたい。

『AntaaQA』中山 俊さん(アンター株式会社)

——中山さんのこれまでの経歴を教えてください。

鹿児島県の奄美大島で生まれて、大学は鹿児島大学の医学部に進学しました。6年間の学生生活を終えて初めて勤務した病院は、東京都にある東京医療センターです。ここで2年間の初期研修を終えて、現在は千葉県にある翠明会山王病院で働いています。以前よりは勤務日数を減らしてはいるものの、今もこの山王病院で整形外科医として、診療を担当し続けています。アンター株式会社を立ち上げたのは、2016年の6月のことです。

 

——アンター株式会社を立ち上げるきっかけは、何だったのでしょうか?

医者になって4年、5年目に入った時に、一人ではどれだけ頑張っても限界があるなと感じるようになりました。というのも、患者さんは医者なら何でも知っているだろうと思って病院に来る方がほとんどです。でも実際は医師も、自分の担当している分野以外の知識は十分に持ち合わせていないし、医学知識は年々ものすごい早さで更新されているものなので、国家試験を受けた時に比べてどんどん覚えるべき情報が増え続けていて、薬もどんどん新しいものが出続けている。そのために医者は、患者さんに聞かれてわからないことを診療中にこっそりGoogle検索していることもあるくらい。そんな状況を目の当たりにして、情報を共有し合う場があればいいのにと思ったことが、会社を立ち上げるきっかけになりました。

 

——『AntaaQA』の開発を始めるまでの経緯を教えてください。

医学知識や情報を共有し合う場として最初に作ったのが、医師が勉強会で使ったパワーポイントのスライドを共有し合うサービス『AntaaSlide』です。今もこのサービスはありますが、当初からあまりうまくいきませんでした。というのも、「私が作った渾身のスライドを、どうして知らない医師に共有しないといけないんだ」という声が多くて、スライドが集まらなかったんです。よく考えてみれば、当時の僕は医師のみなさんに要求するばかりで、スライドを共有することに対しての価値を与えることができていませんでした。僕が周りの医師にできること、与えられる価値は何だろうと考えたら、整形外科の担当以外の医師に自分が持つ医学知識を共有することだと気付きました。

それで次に実証実験を兼ねて、自分のLINEのIDを内科医100人に配るということをしました。「24時間365日、整形外科のことなら何でも聞いてください。5分以内に答えます」という風に言って。そうしたら、昼も夜も関係なく毎日たくさんの相談が来ました。

 

——LINEの相談サービスを実際に利用された内科医のみなさんからは、どのような反応がありましたか?

医療の世界には約30の専門分野があって、ほとんどの医師はそれぞれの分野に特化しています。逆に言うとそれ以外の分野は、教科書で学んだレベルの知識しか持っていません。例え、知識を持っていたとしても、実際にその症状の患者さんを診たことはないという医師ばかり。そんな中で医師なら誰でも、自分の専門外の患者さんを診る機会が必ず訪れます。だからこそこのサービスは本当に喜ばれましたし、みなさんすごく満足してくれて。そのうちに、「中山さんが困った時には、何か力になりますよ」と言ってくれるようになりました。その時の経験が、『AntaaQA』のサービス開発につながっています。

 

——中山さんは、『AntaaQA』をどのような想いで提供しているのでしょうか?

例えば、良い会社に入れば良いサラリーマンになれるということは、会社が築き上げてきた文化や歴史があると思うので、いいと思います。でも、良い病院に勤めないと良い医者になれないというのは違うと思います。良くない病院に勤めたから患者さんを助けることができなかった、ということは絶対にあってはならない。よく、医師が地方の病院に勤めたがらない理由の一つとして、「田舎に行ったら自分の医師としての能力は、これ以上上がらないかもしれない」という声を聞くことがあります。どの病院にいても、どの分野の専門医でも同じレベル感で医療を行うことができる、そんな仕組みを作りたいという想いで提供しています。そうすることで、患者さんにとってはどこの病院に行っても良い治療を受けられるし、医師にとっては働く場の選択肢も増える、そのためのきっかけになればと思っています。

 

——改めて、『AntaaQA』がどのようなサービスなのかを教えてください。

『AntaaQA』は、医師が勤務中に使うことができる実名制のオンライン相談サービスです。アプリを使って医師同士がお互いに質問を投げ合い、受け答えをすることができるようになっています。もちろん、使うことができるのは医師免許を持った正真正銘の医師だけで、現在の登録者数は約1,000人。関東を中心に、全国各地のさまざまな分野の医師が登録してくれています。

実際にユーザーのみなさんは、外来患者さんへの対応にどうあたったら良いのか、この患者さんに手術が必要なのかどうか、薬を投与しても良いのかどうか、というような自分の専門外で判断に迷うシーンで活用してくれています。アプリ内ではこの相談内容が、Facebookのタイムラインのように流れていて、質問する側と質問に答える側どちらの詳細なプロフィールを確認することが可能です。また、その医師が過去にどのような回答をしているのかという履歴情報も見られる仕様になっています。そのことから、最近では「この先生のもとで働きたい」というような声を聞くことも。ユーザーが参加することができるFacebookページもあって、実際に会ったことのない医師同士が相談内容以外のやり取りをしていることも。サービス開始当初は想定できなかった相談サービスという枠を超えて、新しい文化が生まれるプラットフォームにもなりつつあります。

 

——1,000人という数の登録者は、どのように集めていったのでしょうか?

僕たちは、全くWEBマーケティングなどはしていません。サービスのランディングページもありません。初期の頃は、僕の周りで優秀だと思える同世代の医師30人ほどにサービスに登録してもらい、「自分よりも優秀な医師を招待してください」と言って、登録者を地道に増やしていきました。やっぱり最初は、相談内容に対してきちんと答えられる人だけに登録してほしいと思ったので。その他には有料の勉強会を開いて、わざわざ自分の時間とお金を使って自ら参加するようなやる気のある医師を招待していくことで、登録者数を着実に増やしてきました。

 

——過去には、『AntaaQA』のようなサービスは他にあったのでしょうか?

実はこれまでにも、医師同士のオンライン相談サービスは二つほどありました。それらのサービスと『AntaaQA』の一番の違いが何なのかというと、実名制であるかどうかです。従来のサービスはどちらも匿名制だったので、場が荒れやすいというデメリットがありました。根拠のない回答をする場合もあるかもしれないし、時には医師の人格までをも否定するようなひどい回答が投稿されることもあったんです。そんな中で僕らぐらいの年代の医師は、FacebookやLINEで知り合いの医師同士のグループを作って、相談し合う場を個人的に持っていました。なので、実名制で相談し合うことに僕自身は抵抗はなかったし、同じくらいの世代の医師もみなさん実名制というシステムに抵抗なく、『AntaaQA』を使っていただいているんではないでしょうか。

 

——実際に『AntaaQA』を通じて、患者さんを救うことができた事例を教えてください。

直近の例で言うと、ある内科の医師のもとにお腹を痛がっている若い女性の患者さんが来て、その時に『AntaaQA』を活用してくれた例をお話しします。CTを撮ったところ、お腹に何も変化はなかったものの、子宮に見慣れないものがあったと。夜の11時過ぎにこの症状について内科医が質問を投げかけると、5分後に一人目の産婦人科医から、さらに10分後にもう一人の産婦人科医から回答があって、そのアドバイスを内科医が参考にしたことで結果的にこの患者さんは助かりました。

また、そうしたやり取りの中ですぐにでも手術をしなければならない状態の患者さんがいて、でも自分の病院では専門医がいないから手術できないとなった時に、「うちの病院は場所も近いし、私の専門なので患者さんを受け入れますよ」という回答者の先生がいて、緊急事態を乗り越えることができたという事例もありました。

 

——質問する側が受けられる恩恵はわかりやすいですが、回答する側へのインセンティブは何かあるのでしょうか?

回答した分だけインセンティブがもらえるといったような特別な機能は、ありません。ユーザーのみなさんは患者さんの命を救いたい、困っている医師の力になりたい、という思いで回答してくれています。何かメリットがあるとすれば、僕たちが良い先生同士を紹介したり、出版社の方を紹介したり、勉強会などのイベントに登壇してもらったりして優秀な先生を多くの医師に知ってもらうといった活動が、それにあたるのではないかと思っています。ちょうど、アプリの中で行われたやり取りの内容が書籍化されることも決まっています。いずれは『AntaaQA』に回答して人命を救うことが、医師としての地位向上にもつながる、というようなプラットフォームを目指していけたらいいですね。

——『AntaaQA』の今後のビジョンを教えてください。

このアプリをできるだけ多くの医師に使ってもらって、助かるべき患者さんの命が救われたらと思っています。実際に医療の現場にいて、もっともっと多くの患者さんを救うことができるはずなんじゃないかと思ったので、そのための環境をお手伝いできたらいいなと考えています。

これはある医師の先生から言われたことなんですが、野球のイチロー選手は10回バッターボックスに立ったら3、4本打つからすごいわけですよね。でも、医師はイチロー選手と同じではだめなんですよ。10人の患者さんを診たら、その10人全員を治さないといけない。そうなるためには時間や場所に関係なく、医師同士がつながってコミュニケーションを取ることが重要になってくると思っています。

今、日本には医師免許を持っている人が30万人、実際に医師として働いている人がそのうちの20万人います。さらにその中の10万人は20代、30代という若い世代の医師です。彼らのうち2万人が毎夜、当直をしています。その2万人の医師がインターネットを通じてつながれば、何だってできる。地方の病院で、夜は自分一人しかいないから誰にも相談できず不安を抱えている医師の力になることができるし、何より患者さんの命を助けることにもつながると思うんです。『AntaaQA』が広まることによって、全ての患者さんをどの医師でも救い出すことができる、そんな社会を実現することが僕の目標です。

 

——PAAKについてお聞きします。応募するきっかけは、何だったのでしょうか?

リクルートさんが運営しているというのが、僕の中では大きなポイントでした。リクルートさんのように誰もが活発に話し会える文化があったり、みんなで集まって新たなコミュニティーを作ったりできるということは、やっぱり大事だなと思っているので。そういう雰囲気の中に自分の身を置くことは良い経験になると思い、応募を決めました。

 

——実際に半年間いらっしゃって、いかがでしたか?

まずは、利便性が圧倒的に良かったですね。打ち合わせで人と会う時に使わせてもらったり、来るたびに誰かとコミュニケーションを取って新しい人との出会いもあったり。仲良くなった同じ期の会員さんと食事に行って、サービスの相談をし合ったこともありました。いろいろな人と会って、違った空気に触れて、本当に楽しくて実りのある半年間でした。

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